「脳」(高次脳機能障害と遷延性意識障害)に関する後遺障害
後遺障害の種類(系列)としては、交通事故で残存する後遺障害として、
高次脳機能障害と遷延性意識障害があります。
後遺障害の種類(系列)
- 高次脳機能障害
- 記憶力が落ちたり、計画の段取りができなくなったり、感情のコントロールができなくなったりなど高次脳機能に関する障害(健常人と同じ行動ができない脱落症状の他に、健常人とは違う行動をしてしまう陽性症状が特徴です)
- 遷延性意識障害
- 自分で食事を取ったり、歩行すること等ができず寝たきり状態になる障害。「植物状態」、「植物人間」と言われることもあります。両者の違いを脳の損傷部位から説明すると、高次脳機能障害は新皮質の損傷であり、遷延性意識障害は新皮質の他に辺縁皮質の損傷といえます。
高次脳機能障害
高次脳機能障害とは、脳に重大な損傷を負い、感情のコントロール、目的の設定やその遂行、作業の反復継続などの高度な脳機能が障害された状態をいいます。
「高次脳機能」のわかりやすい例を挙げると、正常な人は、シャープペンシルで物を書こうと思えば、誰の指示も受けずにシャープペンシルを手に持って紙に字を書きます。ところが、重い高次脳機能障害の方の場合、周りの方が、1.シャープペンシルを手に持ちなさい、2.シャープペンシルの末端を押して芯を出しなさい、3.紙の上にシャープペンシルを置きなさい(「シャープペンシル」という言葉すら理解できなくなる場合もあります)、4.○○という字を書きなさいなどと細かく指示しなければいけなくなります。
高次脳機能障害発生のメカニズム、脳の損傷のメカニズム
例えば、脳の後頭部に打撃が加わると、1.直撃損傷(coup injury)により脳が頭蓋骨に圧迫されて後頭葉の脳組織が破壊されるばかりでなく、2.回転損傷(shearing stress)といって、急激な回転が脳に加わる結果、脳の外層と内層に回転の速さのずれが生じて、軸索などの脳組織がちぎれるなどの損傷を受け、さらに、3.対撃損傷(contrecoup injury)といって、前頭葉部分に急激な陰圧が生じて脳組織を破壊します。最後の3.対撃損傷は、直撃損傷より損傷が大きい場合があり、前頭葉や側頭葉前部に損傷を生じやすいといわれています。
このように、脳の損傷がある場合には、上記の脳が損傷に至るメカニズムを踏まえる必要があります。
脳の損傷部位と機能との整合性
そして、脳は、部位によって司る機能が決まっています。
上記の損傷のメカニズムから脳のどの部位が損傷したか、そして、損傷した部位はどのような機能を担っているか、それが実際の症状と整合するかなどを検討する必要があります。
高次脳機能障害で適正な等級を得るには?
自賠責の基準でいくと、以下の項目にあてはまる場合には高次脳機能障害がのこっていないか注意する必要があり、弁護士に相談する必要があります。
- 事故直後に意識がなくなるなどした正確には、昏睡、半昏睡が6時間以上(JCS3ケタor GCS8点以下)、又は、意識障害が1週間以上継続する(JCS1~2ケタ、GCS13~14点)
- ケガの診断名で、脳の損傷を示す診断名がついていた。
具体的には、脳挫傷、硬膜外出血、硬膜下出血、くも膜下出血、びまん性軸索損傷(びまんとは、「広範囲に散在する」という意味に解するとわかりやすいでしょう。軸策は脳の神経線維とすればイメージしやすいでしょう)など。 - 高次脳機能障害特有の以下の症状がある。
- 失語
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- 感覚失語:会話や言葉を理解できない等(言葉や内容の間違いが多い)
- 運動失語:言葉を理解できるが、うまく話せない等
- 失行
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- 運動失行:ボタンをかける動作がぎこちない、自転車が乗れなくなったなど
- 着衣失行:服を着るときに、片袖だけ腕を通すなど。
- 観念失行:ライターを渡しても、使い方が分からない。
- 観念運動失行:行為の企図と習熟動作の離断。マッチとタバコを渡しても、関係が分からずマッチを使えない等
- 失認
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- 視覚失認:見ただけでは、それが何であるか分からない(知り合いの顔が分からないなど)。
- 半側空間無視:片側だけ見落としたり(食事を残したり)、片側にあるものに良くぶつかるなど。
- 地誌障害:知っているはずの道で迷う、新しい道が覚えられない等。
- 記憶障害:すぐ忘れる、作り話をする等、記憶にも種類があり、記憶の種類によって脳の部位が異なります(Papezの回路、Yakovlevの回路)。
- 注意障害:気が散りやすい、作業が長続きしない、ボーとしている、ミスが多い。
- 遂行機能障害:指示なしで行動できない、計画が立てられない、判断できない、失敗した時に修正できないなど。
※:注意障害や遂行機能障害は前頭葉が司っており、前頭葉の機能は、注意(attention)、抑制(inhibitiory function)、作動記憶(working memory)、遂行機能(executive function)、流暢性(fluency)に分けられます。また、注意も選択的注意、持続的注意、分割注意、注意変換に分けられます。症状を見ながら、それぞれに適した検査を受ける必要があります。 - 人格変化:怒りっぽい、忍耐力がない、幼稚化した、欲しいものを我慢できない、沈みがちになった、気分がすぐに変わるなど。
高次脳機能障害を疑うべき場合とは?
(1)医師から見た障害の程度
(資料A-1 「頭部外傷後の意識障害についての所見」 こちらを参照→ (PDF) 、
資料A-2 「神経系統の障害に関する医学的意見」 こちらを参照→ (PDF) )、
(2)周囲から見た高次脳機能障害特有の症状の細かな拾い出し
(資料B-1 「日常生活状況報告」 こちらを参照→ (PDF) 、
資料B-2 「学校生活の状況報告」 こちらを参照→ (PDF) )
が必要になり、勿論、(3)各種の検査結果、さらに(4)高次脳機能障害に目を奪われて見落としがちな他の後遺障害がないか注意する必要があります。
- (1)については、高次脳機能障害に詳しい医師に記載していただく必要があります。場合によっては、弁護士が医師と面談して、記載内容について協議する必要があります。
- (2)については、記載されている項目が全てではありませんので、別紙において事故前から見て変化した点などをこと細かく書き出す必要があります。高次脳機能障害に通じた弁護士が本人やご家族から聞き取り調査をして、変化した点や支障点を漏れなく拾い出す必要があります。
- (3)については、各種検査としては、知能面のテストとしてはWAIS-Rが必要ですし、記憶テストしてはWMS-Rなどが必要となります。脳の損傷部位や症状によって、必要な検査が変わってきますので(前頭葉を損傷した場合には遂行機能に関する検査が必要となります)、やはり高次脳機能障害に通じた弁護士と相談する必要があります。
- (4)については、高次脳機能障害が存する場合に、脳以外の部位に残りがちな後遺障害の有無を確認して、必要な検査を受けなければなりません。例えば、高次脳機能障害以外の後遺障害がある場合には、後遺障害等級が併合により1つ繰り上がる可能性があります。やはり高次脳機能障害に詳しい弁護士と相談して、脳以外の部位の後遺障害の見落としや検査の漏れがないか確認する必要があります。
- 予想される後遺障害等級
生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの 1級 生命維持に必要な身辺動作に随時の介護を要するもの 2級 日常生活で介護は不要だが、仕事ができない程度のもの 3級 特に簡単な仕事しかできないもの 5級 簡単な仕事しかできないもの 7級 就くことができる仕事に相当の制限があるもの 9級
遷延性意識障害
遷延性意識障害の症状とは?
医学的には、以下の症状が3ヶ月以上続く場合を遷延性意識障害といいます。
- 自力で移動できない
- 自力で食事をとることができない
- 大便や小便のコントロールができない(漏らしてしまうためオムツをしていないといけない)
- 意味のある発語ができない
- 簡単な指示に従えるが、それ以上の意思の疎通ができない(「目を開けて」と指示して、目を開ける程度しかできないなど。別の言い方をすると、反応はできても、自発的な意志に基づく行動ができない)
- 眼球は追視できても、認識不能を満たすもの
遷延性意識障害で適正な等級を得るには?
脳の画像所見が必要になるほか、医師や家族から見た支障の程度を書面化する必要があります。 ご家族は、介護に追われる毎日だと思いますので、遷延性意識障害に詳しい弁護士と相談して介護の内容や程度を書面化する必要があります。 さらに、遷延性意識障害では、適正な等級の取得以降にも、将来の介護費用、住宅改造費の積算などが必要となってきます。 これらについては、やはり細かな介護内容の拾い出し、書面化(又はビデオ撮影)などの作業が必要となります。この場面でも、遷延性意識障害に通じた弁護士に相談して証拠の作成・収集を進める必要があります。
- 予想される後遺障害等級
生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの 1級
※用語や後遺障害の配列については、一部分かりやすい表現や配列にしたため厳密な定義やもとの文献と一致しない部分があることをご了承ください。
- 解決方法の選択へ
- 適正な後遺障害等級の認定を得るためには、弁護士への相談がベストです。以下の情報も参考にしながら、解決方法を選択してください。
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